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本当の優しさは、少しだけ分かりにくい

私には、心から尊敬している徒手療法の師匠がいます。
業界では「どんな痛みも取るゴッドハンド」と呼ばれていた先生です。
大袈裟ではなく、あの先生に学んでいなければ、今の私はありません。
私がまだ若く、上京してバイトをしながら必死に学んでいた頃。
学校の授業に加え、月末には開業者向けのセミナーにも通っていました。
正直、お金はきつかったです。
食事を削ってでも受講していました。
それでも通い続けたのは、
「確実に実力が身につく」と感じていたからです。
■ ゴッドハンドより、もっとカッコいい存在
ある日のセミナーで、先生がこう言いました。
「皆さんは、どんな痛みでも取る先生がカッコいいと思ってるでしょ?」
場がざわついた後、先生は続けました。
「それより、痛くならない方法を教えられる先生の方がカッコよくない?」
そして最後に、
「だって、そもそも痛くならないんだから」
当時は「確かにそうだよな」くらいにしか思っていませんでした。
しかし、受講生の多くは先生のように「どんな痛みも取れる施術家になりたい」と思って受講している人ばかりです…
なんで?わざわざこんな事を言うのだろう?と思っていました。
でも、キャリアを重ねるほど、この言葉の重みが分かってきました。

■ 私たちの仕事の本質は“予防”
実は、日本で「治療」という言葉を正式に使えるのは医師だけです。
私たちのような医師ではない施術者は、
法律上「治す」「治療する」と断定的に表現することはできません。
もちろん、施術の結果として痛みが楽になることはあります。
しかし、それはあくまで結果です。
私たちの本質は「予防」にあります。
別の言い方をすれば「未病」。
病気にならない、痛くならない状態へ導くことが、私たちの仕事の本質です。
それにもかかわらず業界では、
「一週間で誰でも治せる技術」
「どんな痛みも取り除ける技術」
といった耳障りの良い言葉が溢れています。
本来、私たちの仕事は医療と対立するものではありません。
当院には医師の方も来てくださっています。
だからこそ、医療を軽んじるような言葉を見ると、少し複雑な気持ちになります。
お互いを尊重し、協力関係の中でそれぞれの役割を果たす。
それが健全な在り方だと私は考えています。
科学的エビデンスを重視し、投薬や手術ができる医療と、
生活習慣や身体の使い方を整え、痛みや違和感を感じにくく、また回復しやすい状態へ導く私たちの仕事。
どちらが上でも下でもなく、役割が違うだけです。
■ 良くなりたくない人は、ゴッドハンドでも良くできない
私たちの施術は、お医者様の治療とは少し性質が異なります。
医療では画像診断などで原因がはっきりしているケースが多い一方、
私たちが向き合うのは、原因の特定が難しい慢性腰痛や肩こりなどの「慢性痛」や「不定愁訴」が中心です。
慢性痛の多くは、
・日常の姿勢
・身体の使い方
・ストレス
・生活習慣
といった積み重ねから生まれます。
だからこそ、施術は「共同作業」です。
あるプロのミュージシャンの方に、こんなことを言われたことがあります。
「奥川さんがどんなゴッドハンドでも、良くなりたくない人は良くできないよ」
本当にその通りだと思いました。
施術家だけで誰でも良くできると思うのは、思い上がりです。
きっと先生の言葉には、その意味も込められていたのだと思います。
■ 本当の優しさは、少し面倒くさい
今ある痛みをすぐ取ってほしい。
その気持ちはよく分かります。
商売だけを考えるなら、
「はい、今すぐ楽にしますよ」
と言っていればいいのかもしれません。
でもそこで、
「痛くならない身体の使い方も少しずつ覚えていきましょう」
と伝えること。
これは正直、喜ばれにくい。
少し面倒ですし、耳も痛い。
でも――
それが本当の優しさなのではないか。
今はそう思っています。
年齢を重ねるほど感じるのは、
本当の優しさを語る人は少ないこと。
そして、本当の優しさはなかなか伝わらないということです。
私の先生は今にして思うと、本当に優しい人でした。
お金にならないけど、私たちの将来に役立つ言葉をたくさん言ってくれたことに
随分後になっていくつも気付いたものです…
嫌われるかもしれなくても、それでも、
伝えるべきことは伝える。
それが、私が師匠から受け取った姿勢であり、
今、大切にしている整体院の在り方です。
もちろん、気持ち良いから通う。
それも立派な理由です。
ただ、もし少しだけでも
「痛くならない身体」に興味が出てきたら、
その時は一緒に考えていきましょう。




