第四章 フィットネスインストラクターへの道

専門学校での2年間を終え、幸運にもバイト先のフィットネスクラブの親会社に就職することができました。
初任地は、会社でもトップの成績を誇る神戸・元町の施設。高級住宅街に隣接する場所で、華やかな雰囲気に包まれていました。
しかし、当時の私は体重42kgほど。筋トレで多少筋肉はついたものの、見た目はまだ「ガリガリ」で、トレーナーとしては頼りなく映っていたのだと思います。
■ 見た目を否定された悔しさ
ある日、高齢の会員さまから「不健康そうなガリガリの人をクラブで働かせるな」という投書が寄せられました。
それをきっかけに、パワハラ気質で知られるF先輩がマネージャーへ直談判。「奥川を辞めさせてください、会員さんに迷惑です」とまで言われたのです。
チーフやマネージャーを交えて深夜まで話し合いが続き、最終的に「もう少し様子を見よう」と結論は出ましたが、その夜は悔しさと悲しさで寮に帰ってから号泣しました。
勉強も指導も接客も必死で取り組んでいたのに、すべてを「見た目」で否定された──その事実が、何よりも心に突き刺さりました。
泣いているところを同居していたバイトスタッフとの飲み会から帰宅したK先輩に見つかり、K先輩とバイトスタッフたちが一緒になって励ましてくれました。
あの夜の支えがなければ、翌日から出勤できなくなっていたかもしれません。
■ 陸の孤島への転勤、そして出会い
「神戸では難しい」と判断されたのか、その後私は和歌山へ転勤となりました。
神戸勤務はエリートコース、和歌山は「陸の孤島」と揶揄され、出世の見込みがない場所だと囁かれていました。
しかし、その和歌山で私は人生を変える人物に出会います。
元オリンピック競泳選手であり、トヨタのトップ営業マンとしても活躍した川嶋理之さんです。
*以前にも紹介した川嶋さんに恐ろしい位に似ている池上隆一先生の漫画「サンクチュアリ」のキャラクター渡海さん⇩川嶋さんは紫のスーツを愛着していて、見た目は完璧チンピラの変わった人でした(笑)
■ 自信満々な人間へと変わる
自信を失っていた私でしたが、川嶋さんの指導を受ける中で、自分の内側に少しずつ変化が芽生えていきました。
ほとんど泳げなかった私がマスターズ大会に出場できるほど上達し、スタッフや会員さんからも信頼を得るようになったのです。
やがて競泳選手の指導を任されるまでになり、「自信満々」と言われる存在へと変わっていきました。
■ 初めての大企画と成功体験
さらに私は、和歌山・田辺・新宮の3施設合同で水泳大会を開くという前例のない企画を提案。
マネージャーからは「本社に稟議が必要で無理だ」と反対されましたが、川嶋さんが「俺が責任を持つからやれ!」と背中を押してくれました。
全施設でも類のない初めての企画・準備・運営に奔走しながらも、多くの協力を得て大会は大成功。*実施前日は川嶋さんも徹夜で作業してくれました(´;ω;`)
その実績は会社内でも大きな話題となり、かつて自信をなくしていた私は一転、同期から尊敬される存在にまで成長していきました。
■ 天職との出会い
最初はジムエリアで頑張りたいと思っていた私ですが、この頃には「プール指導こそが自分の天職だ」と心から感じるようになっていました。
苦しさを経て出会った川嶋さん、そして挑戦と成功体験──それらすべてが、私をフィットネスインストラクターとして成長させてくれたのです。
■次回予告
天職だと思った水泳指導。順調だった私を襲った、人生最大の悲劇とは?
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