実は僕は今の仕事に関して自分は才能があるんじゃないかな?とこの十数年思っている。
仕事以外の他のことは大したことない才能だと思うけども、今の仕事に関する才能はなかなかのもんじゃないかなと思ってる。
ここで勘違いして欲しくないのは「知識がある」「技術がある」「商売が上手い」とかが理由では無い。
「じゃあ、何なの?」と、気になった方は続きを読んで欲しい。
「どうでも良いわ!」と言う方も、まぁそう言わず最後まで読んでくれたら嬉しい。
《些細な成長に喜びを感じる才能》
理由は何かというと今の仕事に関してはほんの些細な出来事でも自分が成長したと思える時に強く喜びを感じるからだ。
以前にテレビ番組で西川布団の職人さんの仕事の内容を追い続けたドキュメント番組をやっていた。
いろんな作業工程があって、それぞれの職人が持てる技術を費やして一つの布団が出来上がる。その中には「派手な作業」もあれば「地味な作業」もある。
一番地味な作業でカイコの繭を茹でてほぐして、正方形に引き伸ばすっていうだけの作業があった。
その正方形に引き伸ばした繭をまた違う職人が真綿にしていくんだが、その正方形に引き伸ばすだけの作業を20 代の頃から 80 歳になるまで、ずっとひたすらやり続けてる女性が紹介されていた。
その女性は「仕事をしていて何が楽しいか?」というレポーターの質問に
「毎日毎日繭を一つ一つ正方形に引き伸ばしていくんだけども。昨日よりも今日少し上手にできたと思えた時に良かった!と充実感を感じるんだ!」
という風な話をしていて、僕は本当に感動して涙が出そうになった。
普通に考えれば繭を正方形に引き伸ばすだけの仕事なんて「なんてつまらない作業なんだ」と思うけども、それが昨日よりもほんの少し上手にできたということに喜びを感じれるということはどんだけ素晴らしいことなんだろうと素直に思った。
というのも長い間仕事をしていると「わかりやすく喜べるような成功はそんなに無い。」むしろある方がおかしいと誰しも感じる事だろう。
だから本当に誰が見てもわかるような成功じゃないと喜べないっていうのは、実は結構不幸なことだと思う。
なぜかというと、そんな出来事はめったに起こらないからだ。
誰が見ても分かる成功でないと喜べない、もしそういう人がいたならば…
きっとその人は仕事に喜びを感じる機会は少ないと思う。
だけども本当に些細な小さな成功で喜べる人は、仕事の至るところに喜びを見出せる。
これは本当に幸せなことだと思う。
僕は自分の仕事に関しては、ほんの些細な出来事でも「自分が成長したな」と思えることは見つけられるし、喜びを感じることができる。
今日だって、ほんの少し昨日よりも施術の上達を感じる場面があった。
だからこそ、僕は仕事を長い間強い情熱を持って続けられていると思うので、これは自分の一つの才能ではないか?と思っている。
「知識がある」「技術がある」そんなことよりも僕は自分のやってる仕事の些細な成功に喜びを感じて、長い間情熱を保ち続けて取り組めることが一番の才能じゃないかなと思っている。
そういう意味では僕は今の仕事に関しては結構才能がある方だと思っている。
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